2022/08/29

サンダルから上がった踵に落ち葉がすべりこみ、次の歩みで出ていく。丸善からエスカレーターを下る。見上げると天井にまっすぐに二本線が彫られている。直感的に、ぐねぐねと曲がっているほうがいいのではないかと思った。『文藝』を立ち読みしているときに考えていたのは、日本の小説における日本人の名前のことだった。わたしが比較的最近のものでも馴染みよく読めたのは、暫定的な名前だけが与えられた小説だったことを思い出す。本名という概念はむずかしい。橋を歩いていると、ひとけた年齢くらいの女の子が、白と黒で統一した出立ちで、黒電話をモチーフにしたバッグをかけていた。信号待ちをする男性が1ℓのペットボトルみたいに左脇に抱えている小さな犬が生きているのか作りものなのか本当にわからなくて、交差点を渡るあいだじっと見ていたが、いよいよわからないまま、犬と男性はマンションへ入っていく。以前行った松のやの店内の中央に大きく草花が飾られてあって、格安チェーン店でなぜ席数を減らしてまでそんなスペースが取られているのかわからないし、妙にリアルだし、590円のとんかつ定食越しにそっと触れてたしかめてみたことを思い出していた。もちろんよくできた造花だった。
夏向きに焙煎されたドミニカを淹れ、昨日買ったネクタリンのクラフティを、焼きものなら一日くらい大丈夫だろうと昼すぎに食べた。晩夏の味。気温が下がり、急激に夏が美化されていくのを感じる。しばらくして、杏とくるみのフィナンシェを食べる。ふたつがじっと見ていた。