前に住んでいた町まで行く電車が向かいのホームで人をかき入れるのを見た。雨の日は街がわずかに鈍くなり、塵のように軽くは運ばれなくなった人びとが駅の階段で連なる。朝から激しく追いかけあっていた吾輩とふたつは、気圧が急激に下がった午後から、ずっとベッドで寝入っていた。わたしは仕事に取りかかったが、やはりひどい眠気に襲われて、ソファで眠る。二十分ごとにアラームをかけては消して、途中から吾輩が暖房の前にやってきたのを見たのをおぼえている。観念して一時間後に設定したアラームに気がついたのかつかなかったのか、起きたらすっかり二時間後だった。街が曇天を背負って雨が降りはじめる。予定に遅れそうであわてて部屋を出ていくわたしを、暖かさに身体を緩慢にのばした吾輩が顎だけで見送る。濡れた路面を急ぐ。細くて暖かい雨で、足もとが濡れても感じない。けれど確かにジーンズの裾を湿らせているのだろう。ホームから高架の上を走りだす電車、その向こうに高いビルのいくつもの灯りの点々。わたしの街であってほしいと思う。ぎりぎり間に合った電車内の電子広告で、百年以上前の新宿が映っていた。失われたものへの幼稚な羨望とその特権を抱いて、街は一方通行に走ってゆく。広告はニュースへと変わり、企業は新型原子炉の開発に勤しんでいるという。窓も路面も風もライトも看板も車も人もかばんも水滴にまみれている。イヤホンからクール・アンド・ザ・ギャング。