彼らは夜中じゅう騒いでいて、ろくに眠れなかった。疲れきっていなければそれほど気に障らなかったかもしれないが、本当にいらいらして、延々と続く会話の意味がわからないのは幸いだったのだと思う。ようやく静かになった車内の疲れた窓に朝陽が焼きつき、国境を超えた橋の下に霧がかったドナウ川がつづく。夜中じゅう走ったバスに晴れた朝が飛びこむと、もたれかかった長い夜はあっというまに後ろへ流れ去って、もう気配すら残されない。むかし朝が嫌いだったのは、同じ原理なんだろうと思う。
ブカレストに着いたら旧市街をすこし回って、それから昼前の列車でブラショフへ移動するつもりだったが、バスが三時間遅れで到着したので、急いで北駅へ向かった。PăciiからメトロM3線でEroilorへ、M1線に乗り換えてGara de Nordまで。東欧らしいメトロ建築が美しく、駅ごとに壁面のデザインが変わる。
北駅で列車が予定変更になっていないことを確認し、トイレに行くために、薄暗い駅構内でルーマニア・レウを引き出した。地下につづくトイレへ。そういえば昨夜のバスターミナルでもトイレは地下だった。海外にいるとトイレと水のことばかり考える。サンドイッチと、大きな揚げパンを買ってベンチで食べる。CFRでブラショフへ。列車は超満席だった。
なぜというのも失礼な話だが、なぜ満席なのだろうと思いつつブラショフ駅を降りると、やはり人が大勢いる。こども連れの家族やカップルのような二人組などが多く、住民っぽくはないのだが、みんな軽装で、それほど遠くからやって来た雰囲気でもない。切符を買うのに並んでいるうちにバスを一本逃し、しかたがないので次を待っていたが、予定の時刻をすぎてもまったく来る気配がない。逃した便も他の路線バスもほとんど定時どおりに動いているようだから、なにもかもがルーズなわけではないんだろうが、本当に来ない。何人かが列を抜けてタクシーに乗りこんでいった。
結局そのバスは姿を見せず、次の便が予定どおりにやってきた。二本分の乗客をつめこんだバスは乗車率250%みたいな様相で、乗るにも降りるにもひと苦労する。というか、なぜこんなに乗っているのか。みんなどこから来てどこへ行くのか、朝ならまだしももう日が暮れかけているこの時間から家族で向かうような場所があるのか、とにかく不思議に思いながらホステルのあるRepublicii通りへ入ると、またしても人が大勢いる。ブラショフは古都だという。じゃあ嵐山みたいなものか、それにしてもこんなに人がいるものか、と思いながらチェックインをすませて、ようやくはじめてのシャワーを浴び、すっかり着替えて背負う荷物もなく街へ出ると、通りはさらにひしめきあっていて、休日のルミナリエを思い出すほどだった。
まっすぐ400mほど先のSfatului広場へ歩いていき、大きなクリスマスツリーが見えたときにようやく理解した。日が落ちて、特別な電飾にかがやく広場で、ひときわ明るいメリーゴーランドがこどもたちを乗せて回っている。ホットワインの蒸気。カメラを起動したスマホの画面のなかで、誰も彼もにっこり笑っている。
おまつり騒ぎの広場を抜けて、Sergianaでサルマーレとママリガ、シュニッツェル、サラダ、白ワイン。今夜眠ったらもうイスタンブールに戻るまでベッドでは眠れないことに気がつき、立っている計画のすべてを放棄したくなった。